vol.143 BETWEEN THE THUNDER AND THE SUN
私はかなりコアなサッコファンだと自負
していますが、それでも、サッコについて知らないこと、知らなかったこと、山のようにあります。サッコのこの彩図(サイト)ができて、サッコのお話から、初めて知ったことも多々あります。たとえば、晴れ女だと信じて疑わなかったサッコが雨女だったとか。そしてそして何よりも、えーーーっ、知らなかったぁ
と、歌手伊藤咲子のファンとして何よりも残念に思ったことは、1982年にソウルで開かれた世界音楽祭にサッコが出場したということをまったく知らなかったことです。デビュー以来、サッコは休んだけど、1日たりとサッコファンを休まずに続けてきた私にとっては、不覚中の不覚。タイムマシーンがあるなら、1982年に戻りたいくらいな想い
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2003年、このサッコ彩図でサッコちゃんがアルバムの想い出を綴られていましたが、「おるごおる」のエピソードの中に、 そして「ペガサス」
実はこの曲で“ソウルソングフェスティバル”に日本代表として、他12カ国のアーティストと共に韓国へのり込んだんですよ(笑)ところが当時韓国では、日本の歌はNG!
ですから私だけ英語に訳して歌わなくちゃいけないって。。。エーッ?うそでしょ!どうしよう(__)私の焦りよう、想像付くでしょ。サ~あんなインチキ英語じゃどうしようもないと言う事になって、田辺エージェンシーの偉い方から「鹿内孝」さんを紹介して頂いたんです。鹿内さんはアメリカ生活が長く、由紀さおりさんなどにも教えていらっしゃるとか…噂ではとても厳しい方との事、ドキドキしながら門を叩きました。確かに厳しかったけれど、凄く分かりやすく教えてくださって、今でもあの時に習っていて良かったと、つくづく思っています。鹿内さんのOKも何とか頂いて、いざ韓国へ。もちろん惨敗m(__)でも賞を取る事が全てじゃない、貴重な経験をさせて頂いたと、今では思っています。
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